全国裂織ニュース22号
 

裂織とは、マイナスの物作りと、
プラスの思想から生まれる布である。

眞田 岳彦

光の際

Edge of Light / 光の際
<展示風景・81着より構成>

<エルメス ジャポン ・ 東京

  
風土があり、気候があり、生き物が生まれる。植物が生まれ、
動物が生まれ、人が生まれる。
人は体毛や草皮を合わせ、不織布をつくり、紙を作り、
フェルトをつくる。
繊維をねじる、撚る、綯う、績む、縒る、紡ぐ、それらは
糸になる。
糸を組み、編み、織り、布になる。
布は敷く、かける、仕切る、覆う。
そして物を包み人を包み、赤子を包み、産着となり、婚姻衣装となり、臨終を迎え
死装束となる。
風土が布になり、あらゆるものを包む。


物を作ることは、プラスしてゆく作業のように見える。
しかし、物とは、「生まれ、何かになり、消える」ということを繰り返す。
光の際〈1着時〉

  Edge of Light /
 光の際  <1着時>

エルメス ジャポン・東京

体光ディテール

Man Light 309±/体光
<ディテール>

体光 着用時

Man Light 309±/ 
体光 <着用時>


そして、ある日、私は、もしかしたら、すべての事柄は、
引き算をするために、生まれてくるのかも知れないと気付いた。

人は歳を“とる”という。
しかし、これは、得るという“とる”ではなく、
減らすという“とる”という意味なのではないか。
人生は生まれたときからマイナスが始まり、どの様にマイナスをしてゆくかが、
その人となりの生き方であるように感じた。
昨日よりもより良いマイナスの為に何をするのか・・・。
今日は何をマイナスして明日に残すのか・・・。
そして、明日は、どの様にマイナスしたものを更に生かすのか・・・。
物事は、プラス・マイナス“0”に成った時に、ある意味、完成ということになるのかもしれない。
その完成とは、各人が異なる大きさと意味を担った役割を果たせたことである。
例えば、ある人は、生まれたときに与えられた仕事を上手くマイナスでき“0”になる。
それは、行商の人で言うならば、たくさんあった売り物が、すべて人手に渡り売れた状態で、
さあ、家に帰れるぞ!という晴れがましく、嬉しい日、その日の為に人は、
マイナスを日々重ねているのだと考えたことがある。いまもそのように感じることが多い。
どの様にマイナスをするのか。
この問いは、衣服造形を役割とした私には、どの様にマイナスの造形をできるのかということである。

「裂織」という技術は、織り上げた布を、マイナスすることをいう。
裂く、切る、破く、別ける、ちぎる、上記したいわゆるプラスと思われる造形物をマイナスしてゆく、
それが裂織という仕事である。
裂織は、先人がマイナスしてきた布を使う。色々な役割を終えた
“0”(ゼロ)となった布である。
それを次に手にした人の新たな役割と共に、新たなマイナスが始まる。
いい仕事である。
「裂織とは、“0”(ゼロ)の布」の仕事である。

技術は、造形にとり重要な要素となる。
そして、それと相まって個性、人をあらわすのは、思想であり、考え方である。

考えと、技術が一つになった時に、その人の形が、人の目に触れる形として現れる。
表現とはそのことを言うのだと思う。
俗に言う「何かを作る」のと、「何かを表現」するのとは異なると感じる。
いわゆる「作る」とは、何も思想や考え、思考が無くとも手を動かすこと
でも出来上がる。
よく、大芸術家の絵と子どもの絵が比ゆとしてつかわれるが、その差に
似た大きな差が有る。
子どもは、何も考えなく作ることで物が出来る。
大芸術家は、多くの技術、思想、葛藤など体験した後の、
無心をいい、そこには、有心の無心とでもいう深さがある。
どの様にプラスして、物を作るかではない。
どの様にマイナスして、表現できるのか。
それは、人が培ってきた各人なりの深さや、思想や見識を自分で再認識
することで始まる。
体光46着より構成
Man Light 309±/体光
<展示風景・46着より構成>

美術、工芸、デザイン、暮らしの用具など、「 実用/非実用 」の
差はない。
何かを作るとは = 考えることであり、
人それぞれが歩んできた経験や思考に基づく、
その人それぞれの独自な考えを、見つけることでもある。
それは、遠くにあるのではなく、自分の足元に在る。
考える深さが、物に深さと意味を与える。
私は、そのような領域からの発言として、今日的な「裂織の表現」を見てみたいと思う。

私は、1993年に北極圏グリーンランドに3ヶ月滞在した。
20代に多くの地域を旅していたし、
その3年前には真冬のアラスカでマイナス50度を体験もした。
しかし、それでも埋まらない自分の“心”があるような気がして、
子どもの頃からの夢であったグリーンランドまで行った。
数週間も1人だけで歩き続けた。
GreenLand グリーンランド
1993年滞在記録写真より
グリーンランド

誰にも会わない道のりを、自分独りで歩いていた。
そして北極点から1300kmぐらいの小さい村に行き着き、
何気なく陽だまりで北極海を見ているときに気づいた。
それは、それまでにどの国や地域に行っても見つけることが
出来なかった
「生きるとは何か」という一つの答えでもあった。
それは風習や言葉、慣習や民族が異なっても皆同じように、
幸せと明日への希望を願っていた人々の姿であった。
私が求めていたものは、果てしない最果てにあったものではなく、
私の足元にあった。
「生きるとは日々の幸せを願う」という事である。
その時に、私が何かになったのでも、変化したのでもなかった。
ただ私が、私に気づいたような気がした。

北極の海は、限りなく澄み渡っていたように思う。

                            (衣服造形家 第4回全国裂織展審査員) 

略 歴  
1962年東京都生まれ。(株)イッセイ ミヤケ勤務後、ロンドン滞在。彫刻家のリチャード・ディーコンの助手を務め独立。
国内外で展覧会や日本伝統繊維に関するプロジェクトを多数行う。日本の繊維・衣服領域専門家として各地で講演や大学での講義、次世代の支援を行う。
著 作  「Ifuku 衣服」(六耀社)