全国裂織ニュース20号
 

イギリスの美術大学訪問記
中野 恵美子

ジャカード織機(後側)二重ビームに糸がかかっている。
 2006年春にイギリスの美術大学2校を訪問する機会があった。
1校はユニバーシティ・オブ・サザンプトンに最近統合されたウィンチェスター・スクール・オブ・アート、もう1校はユニバーシティ・カッレジ・フォー・ザ・クリエイティブ・アート(UCCA・旧サリー・インスティテュート・オブ・アート)である。

 ウィンチェスター・スクール・オブ・アートとは東京造形大学のテキスタイル専攻領域で同校のハドルストン教授に特講を度々お願いしたり、同校の学生を短期留学生として受け入れたりしていたのでその交流を深めるためのものであった。ウインチェスター市は国の貨幣造幣局がロンドンに移行した13世紀以前には英国の首都だったというだけあって古都の面影を残す歴史的な街である。ヨーロッパ最長の大聖堂があり、観光地ともなっている。映画にもなった「プライドと偏見」の著者J・オースチンの晩年の住居があり大聖堂の中にはお墓もあった。

テキスタイル保存修復に卓抜 大学案内によると同校は133年前、1872年に創設されたとある。歴史的な石造りの町並みの一角に白い近代的な建物がその大学であるが、学科には、絵画、彫刻、ファッション、グラフィックデザイン、広告デザイン、写真、テキスタイルアート、テキスタイルデザイン、芸術史、テキスタイル保存修復および博物館学が含まれている。数年前、初めて大学案内を手にしたときにテキスタイルの保存修復に優れた大学との印象を受けたが、その通りに染料、日光堅牢度に対する検査機、布の時代を知るための炭素検査機、撮影室、資料保管室等聞きしにまさる完璧とも言える設備を誇っていた。ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館はもとより、世界各地から保存修復の依頼がくるという。見学をさせて頂いた時にはモンゴルの武将の鎧兜の撮影中であった。保存修復のためには、補修の技術はもとより歴史及び化学的な知識も求められ、簡単に取り組める内容ではないが、小人数ながら段階的な教育がなされていて、歴史的なものを大事にする姿勢と誇りがあらためて伝わってきた。

毛織物の伝統反映 テキスタイルデザイン科には織物、染色、編物と内容が多彩であるが、ドビー織機、ジャカード織機が置かれていて、イギリスの毛織物の伝統が教育にも反映されているのが見て取れた。筆者がスライド・レクチャーをした後、4名の大学院生と個人面談を行い、それぞれの作品について話を聞いたり、アドバイスをしたり有意義な時間を過ごした。いずこにいても制作に伴う悩み、迷いは同じである。
 宿泊は教授ご推薦のパブ経営のホテルに泊まったが、かつては紳士のみの場であったパブも今では女性の出入りも自由になっていて、そのような所に入れたのも旅のよい思い出となった。

学生が制作した布のサンプル 学生の作業机。壁面にデザイン画がとめられている。 学生が制作した布

UCCA 合併後の新名称であるユニバーシティ・カッレジ・フォー・ザ・クリエイティブ・アートはカンタベリー、エプソム、ファーンファム、ケント、メイドストーン、ロチェスターとイギリス東南部にまたがって点在している大学を総合した国立の美術大学である。ファーンファムのクラフト系の大学はこれまでサリー・インスティテュート・オブ・アートの名で知られていて定評がある。織物のバイブルともいえる“The Techniques of Rug Weaving”を始めスプラングやカードウイ−ビング技法書の著者として有名なピーター・コリンウッド氏がかつて教鞭をとり、日本からは現在京都在住の織作家富田潤氏の学んだ所として大いに関心を寄せていた。エプソンではファッションのコースを、ファーンハムのサリー校ではテキスタイルのコースを見学させていただいた。学科ごとに徹底した内容の授業が行われており、ファッション科ではヨージ・ヤマモトばりのデザインを学生が行っていたりして、各個人の分厚いノートはアイディアスケッチであふれていた。

UCCAの布の資料室
手仕事優先の授業 テキスタイル科は英国の伝統とも思える手仕事優先の授業が行われており、かなり質の高いものであった。ドビー織機を始めとする多綜絖の織物の指導が行われ、見せていただいたサンプルも英国製紳士服の生地を思わせる毛織物であった。同校でよいと思った所は過去の卒業生の制作した布の端切れ(A4〜B4サイズくらい)が引き出しにきちんとファイルされ、学生が自由に見られることであった。また世界各地の民族的な布が資料室に惜しげもなく天井からファイル状態にかけてあり、手に触れて質感、色、文様を勉強できるようになっていた。湿度の低い所だから可能な体制とあらためて布のむき出しの保存は不可能な高温多湿の日本との違いを感じさせられた。若い人が夢中になって織機にむかっている姿から、伝統と創作を大事にしている姿が伝わり心強かった。

モリスばりの内装のホテル ロンドンのホテルは宿泊代が日本より全般に高い。どうせならイギリスらしい所をとヴィクトリア・アンド・アルバート美術館のある地域、つまりサウス・ケンジントンにあたりをつけてインターネットで見つけたこじんまりしたホテルに宿泊したが、イギリスのデザイン運動のアーツ・アンド・クラフト運動で有名なウイリアム・モリスばりの内装が施されていた。壁紙、カーテン、床のカーペット、そして窓の外のコンクリートにも花柄が描かれ、モリスの作る空間はこのようなものであったかと思わせられた。我々日本人も自然を愛するが、縁側という空間で外の自然とつながることを求めているのに対し、イギリスでは建物の内側が自然のパターンですっかり覆われている。日本で日常生活にそのようにパターンで囲まれたらうるさく思うであろうがイギリスの石の建物の故であろうか、自然の緑と草花に囲まれた感覚は心地よく、空間はその場に身をおいて体験することが大事とあらためて思わされた。
 1973年に行って以来の30数年ぶりのイギリス訪問であったが、大学訪問はもとより、ヴィクトリア・アンド・アルバートの再訪は、その間の自分自身の成長と体験を再確認するよい機会となった。


                              顧問 東京造形大学教授