新しい裂織の世界

公 文 知 洋 子

裂織の魅力は裂かれた布のささくれから生じる裂織特有の風合いそれによって増す深みのある色合い、そして自然に発する紋様のおもしろさでしょうか。そしてこの上ない歓喜、それは使い古され色褪せヨレヨレとなった布ほど、味わいのある裂織布に生まれ変わるその不思議さ、楽しさ・・・醍醐味です。
中でも、藍染め古布裂織の微妙な色合い、その美しさには格別の趣を覚えます。各地で使用されていた藍染め古布に出会ったその当時は、惜し気もなく処分されている時代でした。裂織の放つ暖かい雰囲気にも心惹きつけられ、「古布の手に入る今」やっておかなければ、という気持ちに駆られ制作活動に入っていきました。
当時の裂織は、長い間労働着や布団などに利用されてきましたので、「厚くて重い」というイメージが強く、利用面でもかなり固定化されていました。が、私は既成概念に囚われることなく「今、自分が使いたい裂織」を軸に、「軽快、爽やかさ」を創作全体のテーマとしました。
制作に入る前に先ず思い浮かべることは、「どのような裂織布」を織るかということです。それは色合いであり、風合いであり、出来上がった形であったりします。それから裂き糸の選定(勿論、逆の場合もあります。)となりますが、退色や柄布から偶然性にゆだねる部分が多くなってきます。このため、それぞれの裂き糸を見て、織り上がりの色、柄等の見当をつけなければなりません。それに加えて、経糸の色や種類でも織り上がりの趣は変化します。そういった事柄を頭に入れた上で裂き糸を選定し、デザイン構成をして、現代空間で楽しめる新しい裂織布を創作しています。
裂織と関わっておよそ20年。その間多くの表現と形が生まれ、裂織の用途、可能性が大きく広がりました。しかし、物つくりをするに当たっての基本姿勢「用に即した形態」このことは常に念頭に置いて制作しています。
裂織は木綿の入手困難な時代の庶民の切なる望みから生まれました。しかし、溢れるほどの物に囲まれ、自由な発想の許された現代の私たちの裂織には、計り知れない可能性を秘めた創造の世界であり、その奥深さと探求のおもしろさに未だ魅せられています。

限りなく進化する裂織の世界

富 山 弘 基

“裂織の世界”、裂織を生かすことが可能な分野は、どうも無尽蔵にありそうだという思いを深めている。日本における裂織の原点は、庶民が暮らしの中で布を大切に扱い古布を再利用して、新たに布を誕み出す智恵と工夫の見事さにあることは言うまでもない。
この裂織が日本独自のものかというと、そうではなさそうである。近年の海外染織情報をたぐってみると、アジア地域でもヨーロッパでも、ことに北欧のフィンランド、スウェーデンなどでは、二十世紀の後半に優れた作品が織り出されている。
海外諸国の裂織の歴史とその生活背景については私にはよくわからないが、裂織が彼の国でどのような生い立ちを持つかについては、裂織作品の表情から推察することができる。
昨年開かれた「第一回全国裂織展」では、日本の裂織原点を伝承するものから、和洋装いのファッション、室内装飾、タペストリーなどさまざまな作品が展示された。その裂織作品の多様さと予想を越える水準と、完成度の高さに、観覧者は大きな感銘を受けた。展示作品には趣味として楽しむ作者の姿を彷佛させるほほえましいもの、裂織の良さを認識できる工芸品として立派に通用するもの、芸術作品として鑑賞できるものなど、いずれの作品も現代の暮らしの中で実際に生かして使えるものばかりであった。
去る十二月四日から三日間、東京国際展示場で開催の「第六回ジャパン・クリエーション」の出展作品のなかにも、わずかだったが裂織作品を見かけた。いまや裂織は、手織り工芸品としての価値を一般のひとたちもよく認識しており、裂織の手法からさらなる未来的な創作品の出現が期待されるにいたっている。言い換えれば、裂織の創作指向はまだ緒に就いたばかりである。
何事にも過去・現在・そして未来があるように、過去にこだわれば裂織は化石となり、現在に甘んずれたやがて陳腐なものになる。
常に目を未来に向ければその行く手は無限に開かれるというのは、ものの道理である。
日本の伝統織物の多くが衰退をたどっているのは、和装着物と帯地に過度な依存が挙げられる。また、和装界をリードするキモノデザイナーが皆無にひとしく、和装の形式と着付けに今日的解釈と改革を大胆に取り入れる勇気の欠如がその衰退を招いた。
裂織は伝統織物の一つであるけれど、幸いにもこれはメジャーな存在ではなかったので、特に固定した概念にとらわれていない。裂織にかかわる人たちがそれぞれに作りたいものを目指しているところに、裂織の成長と進化のエネルギーがあるように思う。
1989年、フィンランドのヘルシンキに服飾裂織工房を持つファンニッキ・カルビネン女史の洋服を日本の代理店、宮井株式会社(京都)で手にして以来、私は裂織の世界が空に架かる虹のように大きくはばたく手織物であるとう意識を植えつけられた。
裂織には“布を裂き、糸にして織る”という原則以外に何の制約もない。また、制約を加えるべきでもない。これほど伸び伸びとして、自由な発想で創作できる手織物はそうあるものではない。裂織はこれからよりいっそう限りなく進化をし続けると、期待を膨らませている。