裂織人を訪ねて・・・第2回【番外編】 (05年9月8日)

ヘザーさんの回田小学校での特別授業 
(東京都東村山市)

訪問者 深堀 習、飯泉美耶子
訪問記 飯泉美耶子

 第3回全国裂織公募展の会場の一角に、特別出品として”花ばたけ”と題するタペストリーと、製作過程の写真と解説があった。回田(めぐりた)小学校の作品だ。多くの人が興味深げに眺めて、なかなかの人気だった。「回田小学校には、裂織をする特別な背景でもあるのだろうか。製作した4年生の様子を知りたい」と思った。来日したヘザーさんの講演ツアー企画の中に、9月8日、回田小学校での裂織の特別授業がある。『裂織人を訪ねて』の番外編にすることで、同行することになった。

 中央線国分寺駅で西武多摩湖線に乗り換え、武蔵大和駅で降りる。東京西部では遠足の行き先の定番のひとつだった多摩湖は、すぐ先にある。駅の近くの台地に、回田小学校が建っている。昭和35年に独立し、2005年度の生徒数は550人。

 前庭にアメリカからの訪問団歓迎のモニュメントがある。国際交流が盛んであることが玄関や廊下に掲げられている写真や記事、置いている品々でわかる。アメリカ・ミズリー州にある小学校と、姉妹関係を結んでいるという。

 玄関に飾られている額入りの裂織布。郷土学習室には、高機や卓上機があるし、段ボールの簡易織機が並んでいる。「この機で、”花ばたけ”を織ったのですよ」と、案内してくださった石田悦代校長。

 裂織と国際交流。このふたつが、”花ばたけ”の作品製作を契機に、ヘザー・アレンさんの学校訪問へと自然につながったのだ。

 タペストリー製作の中心的な役割を果たしたのは、「手織りクラブ」である。毎月第1土曜日に開かれているゆとりクラブ「土曜講座」のひとつ。柳原先生の指導で、裂織を楽しんでいる女子児童は6名である。彼女たちがタペストリーの”畑”を織り、アイディアを出し合ってデザインを考えた。この計画に4年生全員が参加し、裂織で作った花や布の花びらを作り、タペストリーを飾った。

 ヘザーさんの特別授業はランチルームでおこなわれた。4年生全員が集まって、歌を歌い、手をアーチに組んだ人垣で、ヘザーさんを歓迎する。タペストリー製作に協力した母親たちも参加した。

 最初に、ヘザーさんはスライドを使って、家族と過ごした幼い日々を語り、織りの世界に興味を持つようになったいきさつを紹介する。1歳のヘザーさんが、お姉さん、お母さんと一緒の写真が映し出されると、「ウオーッ」という声。すかさず「お父さんはいないの?」と聞く子どもがいる。「お父さんがこの写真を撮ったから、写っていないの」と、ヘザーさん。ヘザーさんのペースに乗った児童は、興味しんしんだ。

 次々とスライドの駒が動き、カナダ・スゥーデン・日本・スロヴァキア・オーストラリアと、世界の裂織の話が続く。映像が変わるたびに「オーッ」と、率直な反応がある。地図を見ながら「この国は、どこにあるかしらね?」と、質問するヘザーさん。生徒たちは、当てずっぽうだが、どんどん答える。身を乗り出して、紹介される国を懸命に探す児童たち。目を輝かせながら聞いている姿は真剣で、その熱心な様子に驚き、感心する。

 後半、ヘザーさんは持参の2枚のタペストリーを示しながら、作品のイメージや製作過程の説明をした。シルクスクリーンだの、アルギン酸だの、小学4年生にはいささか難しい言葉が出てきたが、熱心に聞いている。

 話が終わって「なにか質問がありますか?」という問いかけに、競うように何人もの手が挙がる。ある児童の質問は「他の動物ではなくて、鳥をタペストリーにあらわしたのは、どうしてですか?」だ。別の子は「なぜ階段の絵を織り込んであるのですか」と聞く。質疑は30分に及び、児童が、ヘザーさんの話に興味を持った様子が、伝わってくる。

 およそ1時間半。生徒たちは興味を持ち続け、楽しんでいたようだった。これからの成長に、きっといい刺激になったことだろう。先生方と懇談のあと、帰りがけに、手織りクラブの6人が現れた。「楽しかったわ。裂織を続けて、今度は公募展に出すように頑張ってね」とヘザーさん。

 ゆとり教育、国際交流の実績、保護者の協力。それらがうまくはたらいて実現した特別授業だった。ここから、未来の裂織人が育っていくことを願って、別れを告げた。

(写真)飯泉 仁

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