裂織人を訪ねて・・・第9回 (06年11月14日訪問)

「 多 彩 な 展 開 を 願 っ て 」

三 上 ム ツ さ ん
(青 森 県 弘 前 市)

訪問・訪問記 深堀 習、飯泉美耶子

 三上さんの工夫になる改良卓上機と、部品の数々。

 全国展でキャッチした声

 「いいわねえ。こんなに織れるなんて・・・」「家も狭いし卓上機を買ったけれど、これは無理だわねえ・・・」。第2回全国裂織展(2004年)で、織機の実演指導をしていた三上さんは、そんな観客の言葉を耳に留めた。市販の筬のある卓上機なら改良すれば、もっと織の世界が広がるのではないか。以来2年がかりで、手織教室の生徒さんたちも巻き込んで改良を重ね、実用にまでこぎつけたという。

 弘前の工房糸音

 東京から5時間余り、弘前の三上さんの工房の前に佇むと、岩木山が迫っている。山襞と優雅に広がる裾野には白い模様が描かれ、第1回全国裂織展三上さん出展の「残雪の岩木山」を想起させる穏やかなたたずまいであった。工房の建物は一つではなかった。広い敷地に入ってすぐ左手にあるのが、袋物工房。ここが三上さんの書斎でもあり、卓上機の改良に取組んだ拠点でもある。鴨居には、額に入った洋裁師認定証と袋物工芸一級と編み物手芸一般の講師証。コートで第2回全国裂織展優秀賞を受賞し、織地の美しさと縫製の手並みでは、協会きってと評価がある三上さんの原点をここに見る思いであった。

 若い頃、「勤めは合わない、洋裁で自立したい」と決心した三上さんは、「手仕事の基本は本格的に習わないと」という母の教えに従った。資格をとり、デパートの洋裁の仕立て、大きな洋裁店での裁断など、洋裁のキャリアは40年余になるという。

 妹が裂織を始めて・・・

 2歳下の妹が、 “津軽地機の会”会長の田中アイさんである。アイさんの活動のサポートのために、裂織を習い始めて、裂織にどっぷりつかってしまった。織歴も25年になる。

 三上さんは地機を始めてまもなく膝をいためてしまい、高機に変えた。もともと機械は好きだったので、高機の扱いにはすぐ慣れた。洋裁の世界で働いてきて、布は知り尽くしていたが、裂織はまた違った味わいであった。東京手織機繊維デザインセンターの情報誌「てお」で、たまたま風通織絣の写真を見て、「これを織ってみたい」と、知多半島までその作家を訪ねて行ったこともある。また、東京での講習にも通い、「講習でのテキストは今でも私の宝物」という。その後も、これは裂織に効果的な織と思うと、往復夜行列車で東京の講習に通う。

 裂織を始めてバッグなど袋物の教室でも教えるようになっていた三上さんは、上京する機会には、時間を作っては浅草橋や日本橋の問屋街を歩き、生徒さんたちのために、袋物の付属品を仕入れて回るのが慣例となった。

 卓上機改良の取組み

 袋物工房には袋物専用の腕ミシン、大きなモーターを備える厚物用工業ミシンなどが並んでいる。そして、不思議なことに、織とは無縁の木工用の糸鋸機が目に付いた。それは改良卓上機を作るための木工作業の道具だった。

 三上さんは裂織展での観客の声を、忘れることはなかったのだ。改良の第一目標を、まず平織りの目の詰んだしっかりした布を織ることに設定した。卓上機の筬は、センチ3目と粗い。このため、ざっくりした布しか織れない。せめて6目の筬に変えれば、マルハでセンチ12本の経糸がたてられ、地機、高機で織るのと同じちゃんとした布を織る基盤ができる。筬を変えるためには、綜絖をどうするか。開口のための仕組みをどうするか。織の原理は、経糸に綾をとって緯糸を通していくという明快なものなのだが、経糸と緯糸の張のバランスがむずかしい。

 まず、地機の半綜絖を取り入れる。そして、開口装置としては原始機の中筒を取り入れて、卓上機の改良に取組んだ。判綜絖の長さをどのぐらいにするか。筬の台の高さをどのぐらいにするか。試行錯誤を繰り返し、生徒さんたちが進んで実験を引き受け、悪戦苦闘が続いた。木材を切り、削り、張り合わせ、角度を調整し、木工の作業が続く。だが、実際に試みると、どうしてもうまく織れないのである。2年目に入ると、不具合を調節して見通しがついた。平織りは、高機と同じように、目の詰んだしっかりした布が織れる様になった。

 次に挑戦しているのが、卓上機に取り付ける、4枚、8枚綜絖にもなる工夫である。目下、特許を申請中だが、「あくまでも、受講生のための改良」と言う。生徒さんは、先ず木工をして改良小道具を作る。カルチャースクールでそれを使って裂織をする生徒さんは、現在40人にのぼるとか。

「織を深く極めたいという人たちはやはり高機に移行していくけれど、裂織に手軽に取組むのには、改良卓上機は大きな役割を果たしていると思います」と三上さん。

 織ったり、教えたりの日々

 工房糸音は奥の建物の2階。4台の機が並んでいる。階下は田中アイさん“地機の教室”。別棟には袋物の教室があり、階上には、数多くの材料が整然と置かれている。


 青森の教室、ヨークカルチャー、自宅。秋田市や青森市からも生徒さんがやって来る。

 三上さんは、裂織をし、生徒に教え、全国裂織協会の理事として、裂織の普及に努めている。フル回転のエネルギーに東北人の粘り強さを思う。多忙な日常は、人を大事にする細やかさと重なってくる。裂織人の幅を認識する訪問だった。

(撮影 飯 泉 仁)

戻る